米国でビジネスをしていると、頻繁に起きるアメリカ人と日本人の不協和音の一つは、日米の仕事の仕方の違いにより、アメリカ人の上司たちが「日本人の部下は、どう使えばいいのかわからない。」と言い出し、フラストレーションで一杯になってしまうことだ。
日本人は会社でジェネラリストとして育てられるのに対して、アメリカ人はスペシャリストとして自分の専門性を高めていく生き方をする。ここに、根本的な違いがある。
実例に基づく例を挙げよう。
場面:ITの会社
登場人物:
難波(なにわ) 太郎:アメリカ支社社長
スカーレット:(営業担当部長、大学でマーケティングを専攻)
陽介:日本の本社から来た何でも屋、お客様のところに行き情報収集するのがうまく、情報を整理するのがうまい。システムもわかるが、お客さんのビジネスが非常に深くわかっている。ビジネス・コンサルタントとも言えるが、営業ではない。言い方を変えれば、知恵袋にはなれるが、金を稼ぐのが専門ではない。
マイケル:スカーレットの部下の営業、昔オラクルの営業をしていた経験を持つ。
スカーレットは、社長の太郎から「新規顧客開拓をもっと行え」と指示を受けている。新規顧客の候補の業態を決め、候補の会社のリストを作り、企業情報、製品情報を作り、電話を掛け営業活動に入ろうとしている。
営業の方法論を作り、マイケルと陽介と打ち合わせをして、「これで行くけど、いいかしら?」と合意形成をする。マイケルは、アメリカの営業の仕方がわかっているので、すんなりと頭に入ってくるし、体もその方法論に従って動くことができる。
陽介はと言うと...
彼の日本でやってきたスタイルは、こうではない。日本の本社には、ビジネスコンサルタントがいて、彼らのやり方は、日本の大企業のコンサル経験により獲得した経験と洞察を活かし、類似の会社にコンサルを展開する。最初の活動は、相手のビジネスの業務を理解するところから入り、どう変えればいいのかを提案する形から入る。初期段階の現状把握の部分は、無料奉仕に近く、その後の提案活動でいくばくかのお金をいただく。
スカーレットの方針は、社長の太郎にも共有され、社長の太郎も「アメリカのやり方でうまくいくなら、それでやれ。」と指示を出している。
スカーレットは、合意された方法論を進めようとするが、陽介は、口では同意したものの、頭も体も、日本の過去経験に縛られていて、アメリカ人のようには動けない(自分の成功体験があるので、心の中では、アメリカ流を否定している。)。アメリカでは、上司から言われることは、軍隊と同じで、四の五の言わずに従って突き進む。
陽介は、「これ、こうした方がいいんじゃないの?ああした方がいいんじゃないですか?僕は、こう思います。」と自己主張をしてしまう。本人は、よい提言だったら、するべきだと思っている。でも、スカーレットは、「そんな日本流の提言がうまくいくはずはない。さっさと私の言うことを聞いて動きなさい。」思っている。
プラグマティズム(理論より、実際の効果を重視する)の基づく合理性の中で小さいころから訓練されてきたアメリカ人と、役割分担が曖昧な日本企業でジェネラリストとして育った何でも屋のギャップがここで浮上する。
実は、陽介は英語はしゃべれるが、レベルがそんなに高くない。アメリカ人の言っていることを聞き返すことも頻繁にある。上司の指示が 100% わかっていないのだ。だから、頭の中で、点と点を結びながら生き延びている。
アメリカ人の指示を、おぼろげにしか理解していないので、上司は「言ったはずなのに、やってない。」となる。
その状態では、信頼関係も築けないので、不信感が膨らんでいってしまう。
喩えると、日本で生まれたカブトガニは、アメリカのロブスターの言っていることがわからない。ロブスターは、カブトガニの行動がわからない。カブトガニは固い甲羅を脱いで、ロブスターの甲羅を付けなおすと言う努力が必要となる。
私の周りには、こんな陽介さんが、たくさんいる。